黒瀬谷は、八尾の町から川沿いの道をしばらく走った先にあります。
谷あいをゆるやかに流れる久婦須川と、その両側に広がる田んぼ。
山の緑に囲まれた集落では、季節ごとに違う色や匂いが立ちのぼり、訪れる人を迎えてくれます。

春には道端に小さな花が咲き、シャクヤクの畑が一面に広がります。
夏には清流が涼しい風を運び、秋には稲穂が金色に波打ち、谷全体がやさしい光に包まれます。
歩いていると、水の音と鳥の声が背中を押してくれるようで、日々の慌ただしさを少し忘れさせてくれます。
ここでは、風景と暮らしが今も寄り添うように続いているのです。

この日の公民館は、朝から人の出入りが絶えず、いくつものイベントが同時に行われていました。
調理室からはおいしそうな匂いが漂い、町内の子どもたちや地域の人が集まり、あちらこちらで笑い声が聞こえてきます。
コーヒー教室も、そのにぎやかな一日のひとつとして開かれていました。

教室では三種類のコーヒーをドリップし、それぞれの味や香りを比べます。
同じ豆を使っても、注ぎ方ひとつで驚くほど表情が変わり、参加者からは思わず声があがります。
「こっちの方が甘い」「さっきより香りが明るい」と、自然と会話が広がり、
一杯ごとに立ちのぼる湯気と一緒に、部屋の空気も少しずつ温かくなっていきました。
学ぶ時間というよりも、一緒に驚き、一緒に味わう時間。
コーヒーがつないでくれる場の力を感じるひとときでした。

片付けが終わるころには、公民館の空気がまた大きく動き出します。
テーブルが片付けられ、椅子が並べ替えられ、次の催しの準備が始まります。
隣の調理室では大きな鍋から湯気が立ち上り、
集まった人たちの声が一段とにぎやかになっていきました。
静かな谷の朝に始まった一日が、
夕方には笑い声と食べ物の香りで満ちていく――
黒瀬谷は、穏やかな自然と人の温もりが、ひとつの場所で同時に息づく谷でした。
